東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4934号 判決 1963年11月04日
芝信用金庫
事実
原告芝信用金庫は請求の原因として、被告村上莫大小工業有限会社は昭和三七年一月二五日左記為替手形一通に引受をした。
記
金額 金五〇万円
支払人 被告
満期 昭和三七年四月二〇日
支払地 東京都中央区
支払場所 三和銀行馬喰町支店
受取人 東洋スチロール電業株式会社
振出日 昭和三七年一月二〇日
振出地 東京都中央区
振出人 東洋スチロール電業株式会社
右手形には、受取人の白地式裏書が記載されており、原告は、現に右手形を所持している。ところで、原告は、満期に右手形を支払場所に呈示した。よつて、原告は、被告に対し、右手形金五〇万円とこれに対する満期以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める、と述べ、
被告の坑弁事実を否認し、仮りに本件手形が被告の引受署名当時、被告主張の手形要件の記載を欠く白地手形であつたとしても、原告は、既に右白地部分の補充されていた手形を取得したものである、と主張した。
被告村上莫大小工業有限会社は答弁および坑弁として、原告の請求原因事実中、被告会社の代表者村上強が原告主張の日に、その主張の為替手形の金額、支払人、満期、支払地、支払場所の各欄に原告主張の記載をしたうえ、引受人欄に被告会社の記名捺印をしたことは認めるが、その余の事実を否認する。右記名捺印当時その余の手形要件欄は白地のままであつた。そして、被告会社は、後記のように右真正な記名捺印を濫用され、同会社の引受名義を偽造されたものである。
すなわち、被告会社の代表者村上は訴外五島秀次に対し、前記のごとく引受人欄に被告会社の記名捺印を了した為替手形の割引による金融を依頼し、右手形を預けたのであるが、昭和三七年一月二九日、右訴外人に対し、右金融の依頼を撤回し、右手形の返還を請求した。従つて、右手形は被告会社に返還されるべきものであり、いわば廃紙と殆んど選ぶところがないものというべきところ、右訴外人は、その後にこれを濫用し、被告会社の意思に反して、勝手に右手形を訴外東洋スチロール電業株式会社に交付して流通におき、あたかも、被告会社自らが右手形の引受行為をしたかのような外観を作り出し、被告会社の引受名義を偽造したものである。
仮りに、右偽造の主張がいれられないとしても、被告会社は、右のように手形割引を依頼するに際し、訴外五島との間で、(一)同訴外人が昭和三七年一月三〇日までに金融を得られなければ、右手形を被告会社に返還する、(二)右期日までに金融を得られたならば、同訴外人が自ら振出人となつて白地要件を補充するとの約束を結んでいた。しかるに、右訴外人から右手形の交付を受けた前記訴外会社は、右補充の合意を知りながら、約定期後の昭和三七年一月三一日に、自らが振出人兼受取人となつて、振出日、振出地を記入し右手形の白地を補充した。原告は、このような合意に反する補充の事実を知りながら、仮りに知らないとしても、重大な過失をもつて右手形を取得したものである、と主張して争つた。
理由
被告会社の代表者村上が、昭和三七年一月二五日、本件為替手形の金額、支払人、満期、支払地、支払場所の各欄に原告主張の記載をしたうえ、引受人欄に被告会社の記名捺印をしたことは、被告の認めるところである。そして(証拠)によれば、右代表者村上は金融依頼の目的をもつて、当時、振出日、振出地、振出人、受取人の各欄が白地のままであつた右手形を訴外五島秀次に交付したのであるが、その際、右訴外人との間で、昭和三七年一月三〇日までに金融が得られるならば、右訴外人もしくは金融先に振出人として白地要件を補充する権限を与えるが、もし右期日までに金融を得られないならば、右訴外人は右手形を被告会社に返還するとの約束を結んでいたことが認められる。そうすると、被告会社は、他日、約旨に従い手形要件が補充された場合に、その文言に従つて引受人として手形上の責任を負担する意思で、右手形に記名捺印し、これを自らの意思に基ずいて流通においたものというべきであるから、その後になつて、被告主張のごとき金融依頼の撤回、手形の返還請求がなされたとしても、これを無視して右手形を返還することなく、更に第三者に交付した右訴外人の行為をもつて、被告主張のように偽造と目するはあたらないと解すべきである。
ところで、原告が右手形を取得する際、既に右手形の白地部分は原告主張のように補充されており、そして原告が現に右手形を所持していることは、証人山下義男の証言と弁論の全趣旨によつて認めることができるところ、右手形の裏書が原告主張のように連続していることは、本件為替手形の記載自体によつて明らかであるから、原告は、右手形の適法な所持人とみなされる。
そこで、次に、被告の抗弁について判断する。
被告会社が本件手形に白地引受署名をし、これを自らの意思に基ずいて流通においたことは、前判示のとおりであるが、その流通の過程においてなされた白地の補充が被告主張のごとく違約のものであつたかどうかはさておき、ともかく原告が右手形を取得するにあたつて、右違約補充の事実につき、悪意もしくは重過失のあつた事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、証人山下義男の証言によれば、原告は、右手形を取得するに際し、かねてからの取引先であつた訴外東洋スチロール電業株式会社より、同会社の営業の一部門として製造販売している梱包材料を被告会社に売り渡した代金の支払のために受領した手形であるとの説明を受け、更に右手形の支払銀行に信用照会をしたうえで、右手形を右訴外会社から割引いたのであつて、右手形が被告主張のごとき違約補充のものであつたことを知らなかつたことが認められる。そして、右認定の事実によれば、このように原告が善意であつたことにつき 重大な過失もなかつたものというべきである(もつとも、原告は、被告会社に対しては 何らの照会をもしていないことが、右証人の証言によつて明らかであるが、手形の流通保護を目的とする手形法の建前からするならば、右認定のような事情で手形を取得した原告に、そのような照会を欠いたからといつて、重大な過失をもつて責むべきものがあるとはなし得ないのである。)。それ故、被告の抗弁は理由がない。